デジタル時代のペーパークラフト

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5. ソフトウェアの課題:立体データ作成の難しさ

前回のコラムではペーパークラフトの設計を支援するソフトウェアを複数紹介しました。また、それらのソフトウェアの登場により、ペーパークラフトの設計手法が変化しつつあるとの認識も示しました。

近年では、簡単な幾何形状や特定の分野に限ったペーパークラフトであれば、既存のソフトウェアで十分対応できるようになってきました。しかしながら、複雑な曲面を含む高品位のペーパークラフトの設計においては、実際に紙の切り貼りを伴う試行錯誤が未だ避けて通れず、ペーパークラフト作家のセンスと職人技に大きく依存しています。ソフトウェアであらゆるペーパークラフトの展開図を自由に生成するところまではまだまだ到達していません。これはやはり、ソフトウェアでの設計に、いくつかの大きな課題が残されているからでしょう。

もちろん、作家の手によるアートの領域までもソフトウェアで解決すべきではないでしょうが、ソフトウェアを用いることにより、設計作業の効率化、過去のデータの有効活用などを行えるようになると考えられます。

ところで、ソフトウェアでペーパークラフト用の展開図を作成する場合、まずはじめにペーパークラフトの完成形を現す3Dデータが必要になります。しかし、この3Dデータの作成が容易でない、という事実が最初のステップの大きな障壁となっています。 ここでは、パソコンソフトでペーパークラフトを設計する際の課題として、特に立体データ作成の難しさに焦点を当ててみます。

操作の煩雑さ

一般に、3DCGソフトまたは3DCADによる立体データの作成は、2次元のスケッチや図面の作成よりも操作が煩雑であり、操作を習得するまでにかなりの時間を要します。3次元空間においては、x, y, z の3軸方向の座標値を定める必要があり、時には4面図を駆使しながら形の作成を行ってゆきます。

また、3Dソフトでは画面上のメニューが膨大で、どの項目を選択すべきかわからない、ということもユーザーを混乱させる原因となっています。3Dソフトは価格が高いことが多いことも敷居が高い原因であり、パソコンを何年も使っているが3Dソフトは一度も使ったことが無い方が大半だと思います。

     
Shade(左)*1とMaya(右)*2の操作画面

ペーパークラフト用の3Dデータを作成するだけであれば、既存の3Dソフトウェアに含まれる材質設定、細分割、レンダリング、アニメーションなどの機能は不要であるため、もっとシンプルなソフトウェアでも十分です。

表現力の限界

詳細は後のコラムで議論しますが、ペーパークラフト用の立体データとして扱うことができる形状は、その展開の容易さから「ポリゴンモデル」と呼ばれる多角形の集合に限られることが一般的です。

3DCGやCADソフトでは、NURBSやB-Splineなどのパラメトリック曲面で形状を表現したり、ボクセルと呼ばれる立方体要素の集合で表現されたボリュームデータなどがありますが、これらをペーパークラフト用の入力データとして扱うことは困難です。自由曲面はそもそも「展開可能でない」場合が多く、忠実にその形を紙で再現することはできません。これらは可展面で近似する必要があり、形状変形を伴う何らかの対応が必要となります。

ポリゴンモデルで形状を作成する場合、滑らかな曲面を表現することがどうしても難しくなります。一般的には、細分割の手法などを用い、各面を小さくすることで曲面を擬似的に表現することが行われますが、面の数が増えるとペーパークラフトとして組み立てるのが大変になり、むやみに面の数を増やせないというジレンマが発生します。その一方で、面の少ないポリゴンモデルで表現された形状は全体的に角張ったものとなり、紙の柔軟性を活かした滑らかな曲面を表現できないという問題があります。

実世界と仮想世界のギャップ

一般に、3DCGソフトウェアの目的は「立体が存在しているように見える画像を作成すること」であるため、ソフト内で作成された立体が本当に実在可能であるかどうかの検証はほとんど行われません。ましてやペーパークラフトとして作成可能であるかどうか、ということは議論の対象外です。

3DCGソフトで作成されたポリゴンモデルを、実際のペーパークラフトとして作成する形として扱う場合、次のような問題点に注意する必要があります。

パソコンによる3Dデータの扱いに内在する問題

パソコンで3Dデータを扱う場合、一般的には、その構成要素である面・辺・頂点の接続を定義する「位相情報」、及びそれぞれの座標値などを表す「幾何情報」が必要となります。3Dソフトで作成したデータを元に展開図を作成する場合、そのデータが入力として妥当でないと処理が破綻することがあります。

例えば、ポリゴンモデルを入力とする場合、ある稜線を含む面が必ず2つまたは1つである「境界付き二多様体」であることを想定することが多いですが、3面稜線やぶらさがり稜線、孤立点が存在することによる位相的な問題、または面積ゼロの面が存在するなどの幾何的な問題などが含まれることがあります。

これらは、ソフトウェアの実装で対応可能なことが多いですが、ペーパークラフト用のソフトウェアを作る上では気をつけるべき点であると言えます。

立体データ作成の難しさの克服には

3Dソフトの扱いが困難であることの問題はペーパークラフト用の形状作成に限った話ではありません。如何にして簡単なインターフェースで立体データの作成を実現するかは、各方面で研究されています。特に Zeleznik らの Sketch*3や Igarashi らの Teddy*4などは、優れた成果を挙げ評価されています。これらの技術は、それそれ「SketchUp*5」や「マジカルスケッチ*6」などの市販製品に反映されています。しかし、これらは対象とする形状が限られているため、ペーパークラフト用の立体データ作成にそのまま利用するのは難しいでしょう。

ペーパークラフト用の立体形状を作ることを前提とした対応として、紙龍*7はボックスの集合で形を作る機能を提供しています。また、ペパクラデザイナー*8に付属の「六角大王Super3LE」では、人体モデルの雛形が用意され、それの変形とテクスチャの貼付けで簡単に人体のペーパークラフトが作成できるようになっています。また、最近の論文「Making Papercraft Toys from Meshes using Strip-based Approximate Unfolding*9」では、丸みを帯びた形状のメッシュモデルを、展開しやすいstripの集合で近似する手法が提案されています。

          
六角大王Super3LEによる人体モデルの編集画面とそれを元に作成されたペーパークラフト

ペーパークラフト用の完成形を3Dデータで手軽に作成できるようになるには、簡単な操作で立体データを作成できるソフトウェアの登場が待たれます。既存の3Dソフトでデータを作成するのも一つの手ですが、もしかしたらペーパークラフトとして作成する立体形状のみを対象とした「ペーパークラフト専用3Dソフト」の開発が一番の近道かもしれません。

参考文献・関連サイト

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